
今回はプロイセンのフリードリヒ2世、通称「大王」の出生図を見ていきたいと思います。
特徴的な点がいくつかありますね。
・水のエレメントの欠如
・MC-IC軸に重なるノード軸
・月と土星のタイトなコンジャンクション
・それに対する火星のオポジション
フリードリヒは長男ではなく、三男で、兄たちは幼くして他界。
MC-IC軸に重なるノード軸(MCとノースノードがコンジャンクション)は、運命的な職業という意味合いを持ち、また太陽が10ハウスにあるため、ある意味、王になるべくして生まれた存在と言えるでしょう。
月と土星がコンジャンクション、かつそこに火星がオポジションがあることは、幼少時に年長者から力をもって押さえつけられる傾向を意味し、実際、フリードリヒは父王から暴力的な支配を受けて育ちました。
そんなフリードリヒは、18歳の時、イギリスへの逃亡を企てますが失敗。
その時のトランジット(1730年8月5日早朝)との二重円は、こちらです。

トランジット水星がICに重なってますね。
引っ越しの配置ではありますが、この場合は逃亡ですね。
ICに重なるということは、ノード軸に重なるということ。
さらに、そこにトランジットの天王星がトラインを形成し、また、その天王星はDSCを通過したばかりで、「見える敵」の7ハウスにいます。
逃避行を象徴しているであろう海王星は、トランジットのキロンとコンジャンクション。
この逃亡失敗により、部下カッテが罪を問われて目の前で斬首刑に処されるという、トラウマ級の罰を受けます。
セカンダリー・プログレッションで見ると、木星がMCに重なっています。

この逃亡失敗により、フリードリヒは軟禁状態となりますが、政務に励んだ結果、離宮を与えられ、友人たちとの楽しい青年期を過ごすことになります。
ちなみにこの時期に結婚(1733年6月12日)していますが、特に「これ!!」という配置が見当たりませんでした。
政略結婚でもあるし、そもそも女性に興味が無いフリードリヒにとっては、通過点に過ぎなかったのかもしれません。

そして次の転換点は、1740年に訪れました。
1740年5月31日、父王逝去により、フリードリヒ2世として即位。
1740年10月20日、神聖ローマ皇帝カール6世逝去。
1740年12月16日、カール6世の娘マリア・テレジアの皇帝位即位を認める代わりに、シュレージエンを寄越せという要求のもとに、第一次シュレージエン戦争が始まる。
この年のフリードリヒ2世のソーラーリターンと、ネイタルとの二重円です。


ソーラーリターンでは、ASCに天王星と火星がコンジャンクションしていることから、これまでの束縛から解放されて一気に突き進む様子が見て取れます。
また、二重円ではASCに木星がコンジャンクションしていることから、そのアクセルがかなり全開になっていたようです。
即位した矢先に、仇敵となるマリア・テレジアも表舞台に出て来たのです。
まさに役者は揃いました。
そして次の転換点となったのは、ずっと対立していたオーストリア・ハプスブルク家とフランス・ブルボン家が、対プロイセンで手を組んだ、ヴェルサイユ条約(1756年5月1日)でしょう。
「女ごときに何が出来る」と見下していたフリードリヒ2世が、その女性3人(オーストリアのマリア・テレジア、フランスのルイ15世の愛妾ポンパドール夫人、ロシアのエリザヴェータ女帝)による包囲網を敷かれたのです。
その年のソーラーリターンです。

ネイタルの金星とトランジットの冥王星がコンジャンクション。
……女難ですね。
ロシアのエリザヴェータ女帝が亡くなり、フリードリヒ2世の信奉者であるピョートル3世が帝位に就いたことにより、その包囲網は解かれ、フリードリヒ2世は辛くも難を逃れることになります。
その時のトランジットでは、ネイタルの金星とトランジットの冥王星のコンジャンクションが解かれ、そこに助けに来たかのようなトランジットの火星のセクスタイルがあります。

晩年のフリードリヒ2世は、複数の病気を抱え、すっかり陰鬱な気難しい老人になってしまい、父王がそうであったように、王位継承者の甥に対してかなり厳しく、時には暴力的な態度で臨んでいたそうです。
死亡時のチャートは、こちらです。

またしても、ノードリターンの年。
そこに、トランジットの天王星がコンジャンクション。
ICと天王星のコンジャンクションもまた、引っ越しを意味することもありますが、ICはお墓をも象徴します。
なんだか意味深な最期のチャートですね。