
今回は、オーストリア・ハプスブルク家マリア・テレジアのチャートを見ていきます。
エレメント、モダリティ共にバランスが良く、バランス型の性格であることがうかがえます。
マリア・テレジアは16人の子を成した人でもありますが、多産家系と言われるハプスブルク家の血に加えて、ASCが蟹座にあることも関係しているのかもしれません。
ASC蟹座は、「国母」とも言われるマリア・テレジアにピッタリのイメージを与えるASCだと思います。
そして、特筆すべきは、家系を意味するICと冥王星のコンジャンクション。
彼女もまた、ハプスブルクの血統に縛られ、翻弄された1人であるのでしょう。
父王が、自分が亡き後は娘に継がせる旨を諸国に認めさせた国本勅書を無視され、諸国からの脅威と闘う人生となったのは、外国を意味する9ハウスにあるキロンが示唆しています。
彼女の過酷な運命が幕を開けたのは、父王逝去(1740年5月31日)の時でした。
トルコとの戦争で国力が低下し、また、何と言っても自分が女性であることに付け込まれ、諸外国、特にプロイセンに領土の一部を奪われた第一次シュレージエン戦争(1740年12月16日〜)が始まったのも同じ年です。
そんな彼女の1740年のソーラーリターンは、こちらです。

家系のICへの火星のコンジャンクション、DESと木星のコンジャンクション、天王星とサウスノードのコンジャンクション。
ハプスブルク家への攻撃、運命の転換といった、激動の年であることがうかがえます。
その次の転換点となるのは、宰相カウニッツとフランスのルイ15世の愛妾ポンパドール夫人の尽力によって実現した、宿敵フランス・ブルボン家との対プロイセンのヴェルサイユ条約(1756年5月1日)の締結です。
その時のトランジットの二重円です。

ネイタルの金星とトランジットの太陽のコンジャンクション、ネイタルの月とトランジットの金星のコンジャンクションと、女性的な天体を後押しするかのようなアスペクトがあり、それをネイタルのノースノードとトランジットの木星のコンジャンクションが拡大しています。
ロシアのエリザヴェータ女帝との包囲網で、通称「ペチコート同盟」と皮肉混じりに呼ばれました(主に女性嫌いのプロイセン王フリードリヒ2世から)
この包囲網は、ロシアのエリザヴェータ女帝が死亡(1762年1月5日)、親プロイセンのピョートル3世が即位するまで続きました。
マリア・テレジアは、プロイセンのフリードリヒ2世を生涯の敵としていました。
そのフリードリヒ2世のネイタルは、こちらです。

牡牛座ステリウムのマリア・テレジアがハプスブルク家の伝統を受け継いだのに対し、急激的な軍事国家プロイセンの王は水瓶座ステリウム。
地のエレメントと風のエレメントで相容れるわけもなく、どちらも不動宮で頑固なため、妥協なんて言葉は微塵も浮かぶはずもありません。
この2人は、政略結婚の話も、一時、持ち上がっていたそうです。
その話が成立していたとしたら、どんな国家が生まれていたのでしょうね。